Present for …






夜が明けてきた頃。
うっすらと闇が白色に帯びてきてはいるがまだ日は姿を現さない。
数刻前まで深々と降り続けていたものは今は静かに積もっているだけ。
以前から降り積もっていたそれの上に新しく積まれたものはひどく冷たくやわらかい。
まだ夜は明けきっていないが雲ひとつないその状況に本日は晴天になるだろうと予想できた。
前日との落差のせいか、今の気温はひどく低く息をするだけでも肺に痛みが走るかと思うほどに。
ひどく寒い。
その言葉だけしか出てこない。そしてその言葉がよく痛感できる。
むしろそれ以外考えられない。
そんな状態なのだと、改めては思った。










「さ……寒い……」



言葉と共に出てきた息はどこまでも白い。
新雪が積もっている為、歩くたびに膝下までさっくりと足が埋まる。
雪の上を歩く為の道具など持ってはいない。
羽織っている外套をより体に擦り付けるように両手でしっかりと握る。しかし、それくらいで寒さが変わるわけがなく。
身に着けているのはいつも着ている着物だけ。共につけている腰巻やら足具はない。しかし、どうにか足元だけはつけてくることが出来ていた。
それでも歩く早さは変わらない。
それもこれも、目の前を歩く人物の速さが変わらないためだ。
思わずそんな相手を恨めしそうに睨みつけた。
そしてその視線にでも気づいたかのようにその相手も振り返ってくる。


「What do you say? なんだもう根を上げたのか」

「いや……あのさ、いつもの防備状態ならいざ知らず、今は着物とアンタが手渡したこの外套だけの状態なんだよ、こっちは。身なりが整ってるアンタとは違ってね」

「こっちもたいした防備はしてねぇぜ。ま、この寒さに慣れてない奴にとっちゃ確かにきついかもしれねぇがな」

「キツイどころの話じゃないよ。ただでさえ今日の朝は冷え込むんじゃないのかい?これは……」

「だろうな。昨夜の雪で随分と冷え込んでるようだからな」

「政宗」

「Do not say. まぁいいから、黙ってついて来い。


それだけ言うと政宗は再び前を向いて歩き出した。
終始笑っていた顔を見ると、どうやらつまらないことではなさそうではあるが。
この先に何があるかは知らない。とりあえずここまで来てしまったのだ。今は政宗について行くしかない。
はひとつ溜息をつく。やはりその息は白かった。

朝早く肌も凍るような寒さの中を歩く羽目になったのは、つい先程のこと。
前日に政宗のいる城に訪れたは、暫くこの城にやっかいになることとなった。
久々に会ったこともあり、前日は雪見酒ということで夜遅くまで飲んでいた。
その時に特に変わった会話もしてはいない。
ただ、旅の途中に何があったこんなことがあった、城ではこんなことがあって皆は相変わらずで、というお互いの周りで起こったことなどを面白おかしく話しただけだった。
もちろんそれだけで。
程よく酔ったところで布団に潜り、気持ちよく眠った。
その気持ちよく眠ってる最中になぜか叩き起こされた。唐突に。
起きたときには雪は止んでいたが、酒の抜けた体にはその時の寒さが非常に身にしみて。
起きろという政宗に、嫌だと布団に潜り込んで抵抗していた。
しかし、敷布団からひったくるようにひっくり返されてしまい、否応にも布団から出ることになってしまった。
突然のことに呆然としてれば、外套と草鞋を手渡され政宗はを引き連れて城の外へと向かったのだ。

そうして今の状態がある。
その間、説明は何一つない。
唐突に行動することは今までも何度かあった。しかし、今回のように朝早くにどこかに出かけるようなことはなかった。
いつもなら行動理由をどこかで理解できるのだが、今回ばかりは何が何やらまったく理解できないで物事は進んでいるようだった。

それから暫くして前を歩く政宗が立ち止まった。
後ろを歩くの方を振り返ると相変わらずの笑顔がひとつ。


「着いたぜ」


どこに?
そんな問いすらも口からは出てこなかった。
あまりの寒さのせいでとにかく目的のものを拝見して早く帰りたいという思いだけが最優先され、返事を返す余裕もなければ気力もないに等しかった。
着いたと告げた政宗の横へ急いでいけば、政宗は指をさして目的であろうものを示した。
それに従うようにがその方向に顔を向ける。そして顔を顰めた。


「……で?」

「は?」

「いや……えっと、で?」

「で?ってなんだよ」

「それしか……出てこないんだよ。政宗の指差してる方向に何があるのさ」

「何って……雪」


あまりにも堂々というものだから思わずは肩をがくりと下げる。
そして盛大な溜息も忘れずに。

政宗が指差した方向は、確かに雪があった。
それも今まで歩いてきた道のりと殆どまったく同じ光景だ。
しいて言えば、今までの山道とは違いそこが開けた場所だということくらいだろうか。
残念ながら今までの景色と変わったところは何一つ見られなかった。


「……一体何しにつれてきたんだい。今までの景色とまったく変わらないじゃないか……」

「まぁ、待て。見せてぇもんはこれからだ」

「これから?」

「yes. もうじきだろう。目の前をしっかり見てな」


楽しそうに笑いながらそう言われてはこちらも不満など言い返せない。
仕方なくそのままは政宗が指差した方向へと視線を向けてそのまま待った。
うっすらの白みを帯びてきていた空は今はもう全体が明るい。
山陰の向こうから朝日の帯が見え始めている。もう少しすれば日がその姿を現すだろう。
そして丁度その姿を山陰から見せたその時。
一陣の風が山沿いを撫でるかのように吹き流れた。
その風は政宗とも覆うように吹き、そして過ぎていく。
冷たい風で思わず目を閉じてしまったは、そろそろと閉じた目を開けた。
そして思わず息を呑む。ゆっくりと開けた目は大きく見開かれていた。

目の前には朝日に照らされて煌びやかに光る新雪とその空間をゆらりと舞う無数の小さな光で覆われていた。

先程までは何一つ変わりなかった、平凡な光景が一変。
冷たい空気だからこそ澄んでいるその空間でちらちらと舞うその光たちがより鮮やかに見える。
神秘的ともいえるそんな光景には寒さも忘れて思わず見とれていた。
横でそんな姿を見ていた政宗は小さく笑う。
そして自分もまたその神秘的な光景を眺め、ゆっくりと口を動かした。


「Diamond dust」


呟かれたのは異国語。
聞いたことのない言葉には視線をその景色からずらして政宗の方へと向けると首を傾げた。
政宗はもう一度笑う。


「細氷」

「ああ……確か、空気がすごく冷えると稀に見ることが出来る現象だったかな。氷の結晶が光に当たって輝くんだろう。へぇ、これがそうなのかぁ」

「Bravo.  さすがこういった知識は豊富なようだな」

「伊達に各地を旅はしてないからね。けど、この現象は初めて見たよ」

「滅多に見れるもんじゃねぇからな。冷え込んで空気が澄んでるから今日は見れると思ったがBingoだったな」

「見れなかったらどうするつもりだったんだい?」

「そん時はそん時だ」


の疑問を政宗は軽く笑って答えた。
政宗らしいといえばそうなのだが、付き合わされた身としてはそれは正直しんどい。
再び溜息をつきそうになったが、こうして目的としていたものを見れたのだが素直に喜ぶべきだろう。
は再びちらちらと光舞う空間へと目をやった。
いまだ続くその現象に再び見入り、自然と笑みがこぼれる。
寒い思いをしたけれど、その寒さがなければ見れないもので。しかも滅多にみれるものではない。
先程までの不満がその光景を見て綺麗に拭われる。
気づけば心の内には嬉しさが混みあがってきていた。


「政宗」

「ん?」

「ありがとう」


ただ本当に感謝の気持ちだけを込めて、呟いた。
政宗の顔をしっかりと見て、笑って、感謝して。
それに答えるように政宗もまた笑った。
政宗の手が頭をいつものように少し荒く撫でるように置かれる。
それから額へと当てられた。


「Present for you」


その言葉と共に額に暖かな温もりを感じる。
気づけば鼻先には政宗の首筋があって、彼の匂いがはっきりとわかった。
しかしそれも一瞬で。
感じていた温もりは離れ、一歩だけ政宗は下がっていた。
しかし額は離れた今も熱く感じ、思わずその場所を冷えた手で押さえる。
僅かに見開いた目で政宗を見たが、次の瞬間は顔を顰めた。

先程まで笑っていた筈の政宗の顔が、なにやら難しそうに歪められていたのだ。

これにはも怪訝そうに政宗を見てしまう。
しかしそうしたところで政宗の表情が変わるわけではなく。
何だ?と思うがその理由はにはわからない。
これは率直に聞いたほうがいいだろうと口を開きかけた途端。
政宗が額にあてられていたの手をとった。
唐突に。しかも勢いよく引っ張られたものだから、これにはも驚いたように飛び跳ねた。


「な、なに!?」

「冷てぇ」

「……は?」

「お前、なんでこんなに冷たいんだ」

「……はぁ!?」

「はぁ!?じゃねぇよ。いくらなんでも冷えすぎだ。風邪引くぞ」

「そ……それをアンタがいうかい……」


まさに脱力。
散々寒い寒いと連呼してきたのを確かに聞いていたはずなのに、今更の発言にもはや呆れしか出てこなかった。
いや、しかし、政宗はこの土地の生まれだ。
感覚の違いだろう。同じような防備でもここまで冷え込むとは思っていなかったのだと思う。
それに男と女ではやはり体の作りが違うのだ。政宗が気づかなくてもしょうがないものでもある。
は溜息の変わりに苦笑をひとつ。


「だから寒いっていったじゃないか」

「sorry. ……悪かった」

「いいよ。寒さを堪えたおかげでこうしていいもん見せてもらったからね!」


それは本心だった。
だからは笑った。心の底から嬉しそうに。
それと同時にふとの体が温かさに包まれる。
気づいて自分の体を見れば、そこには政宗が着ていた上着がかけられていた。
さらにその上から今まで着ていた外套をかけられる。


「たいして変わらねぇが、少しはましになんだろ?」

「……うん。十分さ、温かいよ」

「ok. そんじゃ帰るぞ」

「アンタは寒くないのかい?」

「HA!俺を誰だと思ってやがる。奥州の筆頭、伊達政宗だぜ」

「愚問だったね。よし、それじゃ帰ろうか!片倉小十郎が騒ぎ出す前にね!」

「あー……そういやぁ、言わなかったな。気づかれる前にさっさと戻るとするか」


そういうと二人は同時に歩き出す。
先程まで起こっていた現象はもう既になくなっていた。
空は晴天で。今では日がその姿をしっかりと見せていた。
歩き出した二人の足は相変わらず膝下まで雪埋まる。
それでも帰りは山を下るだけ。危なっかしいことには変わりはないがそれでも自然と足は速くなった。
気づけば、二人はそんな雪道を滑るように駆け出していた。


「政宗!」

「ん?」

「また、いろんなところに連れて行ってくれるかい?」

「言われなくとも、いろんなこと教えてやるぜ。この奥州のいいところはまだまだあるからな」

「その時はよろしく」

「ok Migrant! いつでも待ってるぜ?」

「ありがとう、政宗!」


駆けながらいつもように笑って。
そうして戻るのはいつもの場所。
帰ってきて待つのは、静寂の時かはたまた怒声か。
その先のことは二人にもわからない。

ただ、先程見たあの光景は確かに二人の目と胸に焼き付いていた。

Present for you

それは君に見せたかったもの。
今日しか見れないと気づいたからこその

君への贈り物。





《終》

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ダイヤモンドダスト=細氷(さいひょう)
主に北海道で見れる現象ですが、北海道限定ってわけでもないし、奥州だからといって見れるわけでもない(笑)
条件がそろえばどこでも見れる現象のようです。


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